第六話



今日の昼休みはいつもよりみな浮き足立っている。
何か忘れものをしたと騒いでいるものや、持ってきたエプロンを見せあっているもの。それに……
 
「ねぇ、ロックウェル君、誰と組むんだろ」
「ロックウェル君、独り暮らしで自炊してるって聞いたわ〜」
「えー!すごぉい!!私ロックウェル君と一緒の班がいいなぁ(*・・*)」
 
……今日の午後の授業は、調理実習である。家庭科の先生であるエリック先生は、顔の半分を仮面で隠し一見近寄りがたい容姿をしているが、その容姿に反してとても優しいので生徒たちには人気だった。というより、気が弱すぎるため生徒からなめられていたりする(笑)
調理実習の班分けで、自由に組ませろと言う生徒たちに逆らえず、更に前回の時間内に決まらなかったのに何の処置もしなかったため、調理実習当日の昼休みに慌しく決めなければならなくなってしまった。

「ロックウェル君♪一緒に組もうよ」
 
クラスの女子たちが、誰が最初にロックウェルを同じ班に誘うか相談している隙に、パトリシアが彼に声をかけた。何食わぬ顔でニコニコと意中の彼に話しかける彼女に、他の女子は大いにツッコミを入れたかったが、結局ロックウェルに話しかけられたのはパトリシアくらいだろうと納得していた。彼女は可愛かったし、その開放的な性格は他の女子に対しても嫌みがなかった。それに、彼女にはフィリッポという立派な(?)彼氏がいて、クラスでもそのバカップルぶりを発揮している。ならばロックウェルを誘うには下心のなさそうな彼女が適役である。
パトリシアの突然の誘いにロックウェルは少し驚いたように目を見開き、ついで優しく微笑んだ。
 
「あぁ、いいよ。一緒にやろう」
「ほんと!?嬉しいッ♪頑張ろうね(*^^*)」
「でも……」
「でも?」
「後ろにいる彼に殺されそうなんだけど」
 
ロックウェルの背後には真っ黒い嫉妬のオーラを放ち、般若のような顔をしたフィリッポがいた…。
まるで今にも目の前の憎き恋敵(と勝手に思っている)を刺し殺さんばかりである。
それを見てパトリシアはあきれ返ったように大きくため息をついた。
 
「なによぉフィリッポ!!あたしが誰と組もうとあんたには関係ないでしょ!!」
 
彼女とは思えない発言である。
 
「パトリシア!!こいつは校内でも有名なプレイボーイだぜ!!危ないんだぜ!!」
「あんたの方が今にも何かやらかしそうでよっぽど危険だわ!!(汗)」
「俺はお前が心配なんだぜ!!俺もこの班でこの男がお前に手を出さないか見張るんだぜ!!」
「ちょっとあんたなんて失礼なこと言うのよ!!(汗)」
 
二人の痴話喧嘩がますます発展したら自分の身が危うい、と判断したロックウェルが間を割って口を挟む。
 
「あー、あのさ、俺は別にいいよ。フィリッポも一緒にやるか?」
「マジか!?あんた意外にいいやつなんだぜ!!」
「あ〜もう。ごめんね、ロックウェル君。うちのバカ男が」
 
文句を言いながらもパトリシアもまんざらではなさそうな様子。それならお前ら最初から二人でやれよ…と鋭く突っ込みたかったロックウェルだが、あまり馴染みのない相手なので終始穏やかな顔をキープすることに徹した。
 
 
結局、その後ロックウェルはフレデリックを誘い、ロベルトは当然のごとく隣にいたので、男4人、女一人というなんともむさ苦しいメンバーになってしまった。
調理室に向かいながら、なんか俺って全然女ッ気なくない…?などと自問して憂鬱になるロックウェルだったが。
 
「おいおい!!フレデリック、なんだよそりゃあ!!」
「うっうるさい(涙)」
 
ロベルトが爆笑する先には、くまさんのアップリケがついたかわいいエプロンを着たフレデリック。兄貴に用意されたのがこれしかなかったんだ、と必死で言い訳をしている。
 
「ロックウェル!先に言っとくけど、笑うな!」
 
急にフレデリックが振り向き、ロックウェルに向かって顔を赤くしながら言った。
 
「ん?あぁ、かわいいじゃん」
「うわぁーっ!!むっかつく!!」
 
素直に言っただけなのに、嫌味だと思ったらしいフレデリックはロックウェルを叩いた。そんなフレデリックを、はいはい、と軽く制しながら、まぁこのメンバーでも悪くないか、なんて思い直す。





「ねぇ、ホットケーキだって!」
「おぉー俺ホットケーキ好き♪ロックウェル任せた!」

「別にいいけど…」

とは思いながらも、なぜ調理実習という時間を使ってまで材料を混ぜて焼くだけの料理(?)を作らなければいけないんだ・・・という疑問が渦巻く。どうやら難しいものを作って生徒たちが質問したり、文句を言ったりしないためにエリック先生が考えた苦肉の策らしい。彼も苦労人である。

各班調理に取り掛かる。進行具合が一番早いのはやはりロックウェルの班であった。
フライパンに生地を流し込み、いい具合に焦げ目が突いたところでひっくり返す。
片手でフライパンを持ち、空中にホットケーキを投げ上げ裏返すロックウェルを見てパトリシアが感嘆の声を上げた。

「すごーい!それどうやるの!?」
「どうってか、まぁ勢いだよ」
「ねぇ、私にもやらせて♪」

黒い瞳をきらきらさせてパトリシアがロックウェルを覗き込むように見ると…

「ちょっと待てぇーーい!!パトリシアっ俺にだってそれくらいできるんだぜ!」
「もぉ!フィリッポうるさいわよ!」
「まぁ見てるんだぜ!!」

言うが早く、嫉妬の権化となったフィリッポはロックウェルからフライパンをひったくった。あまりこの二人に関わりたくないロックウェルはあっさりとフィリッポにフライパンを手渡したが、数秒後、彼はこのときの行動を後悔することになる。

班のメンバーが、全く面倒くさい奴だという視線を隠さず、フライパンと真剣に向き合うフィリッポを見守る中、彼は神経を集中させていた。

「ただひっくり返すだけじゃダメだ・・・ロックウェルの奴よりかっこよくひっくり返さなければパトリシアはあの男のものに・・・(ブツブツ)」

独り言をつぶやく彼に対して、こいつ絶対何かやらかす……という不安を持ったものが多数だったが、彼の周りには誰も邪魔してはならない空気が取り巻いており、誰も話しかけられずにいた。困った爆弾野郎である。

「ハァァァ〜〜〜〜・・・(気を溜めているらしい)」
「「「「・・・・・・・・・(汗汗汗)」」」」

「そおぉぉぉいッッ!!!!」
 
けたたましい掛け声と共に、哀れなホットケーキが中へ飛んだ……が、なぜかそれは火だるまとなっていた。
 
「きゃぁぁああ!!!(汗)」
「なんだなんだ!!??(汗)」

ゆっくりと重力にしたがってホットケーキ(だったもの)が落ちる。クラス中の視線を集め、フライパンに落ちた火玉は、なぜかぶちまけられていた油と触れ、たちまち業火と化した・・・。火は調理台を覆うほどに一瞬にして広がり、突然の発火にクラスメイトたちは悲鳴を上げ、一斉にドアへと逃げ出した。調理室から避難する彼らを横目で見つつ、自分たちの班のことなので逃げ出すわけにもいかないロックウェルは、こいつに任せるんじゃなかった…という後悔の念と共にフィリッポをにらみつけた。ぽかんとしていたフィリッポはようやく状況がつかめたようである。

「うわっびっくりしたー…いや今ね?フライパン持ち上げたときにサラダ油も一緒に持ち上げてこぼしちゃったみたいでさぁ…」
「状況説明はいいからお前はなんとかしようとしろ!!張本人だろうが!!(汗)」

額の汗をぬぐい、一仕事終えたあとのように一息ついて言うフィリッポにチョップをかますと、フィリッポは悪態をつきながらどこかへ消えた。
炎はますます膨れ上がる。なんとかしなければ…。
班員の協力を仰ごうと振り返る。…が期待した自分が馬鹿だった、とロックウェルは後悔した。

「きゃぁぁあーっロックウェル君、私、怖いー☆(抱きつき)」
「うるさい!(怒)」
「うおぉー!祭りじゃ祭りじゃーー!!」
「ロベルト!喜んでんじゃねぇ!!(汗)」
「フ…フッフッフ…」
「お…おい?フレデリック?(汗)」
「ハァーハッハッハ!!サンタカタリーナは火の海だぁぁああ!!!」
「フ…フレデリックまで…(滝汗)」
「…ん、あれ?俺今一瞬意識が飛んで…」
「……(汗汗汗)」

だめだ……この班はダメだ……。
唯一普通の精神を持ちあわせてしまった自分を呪いつつ、何か火を消すものはないかとあたりに目を走らせると、生徒どころかエリック先生まで逃げ出していた…。燃え盛る炎のせいで異常に高い温度に反して閑散とした教室の風景はロックウェルの心を寒くさせた。

「なんでだよチクショーー!!(泣)」
「ロックウェル、消火器探さなきゃ!」

正気に戻ったらしいフレデリックが涙目になっているロックウェルの背中を叩く。ロベルトはなんだか火を囲んで踊ってるし(しかもやたら上手に)、パトリシアは座り込んでいるし、もはやまともに動けるのは自分のみ。

「そうだな、どこだ…」
 
不吉な音をたてて燃えさかる調理台を背中に、辺りに目を走らせるが、消火器らしきものは見当たらない。ていうか先生戻ってこいよ…と尤もなことを思いつつ、廊下に探しに行こうとドアの方に目を向けると、先程から姿が見えなかったフィリッポが入ってきたところだった。
 
「ロックウェル!!消火器だぜ!!」
 
フィリッポは見つけてきた消火器を高々と持ち上げた。思いがけぬ彼の働きぶりにロックウェルは涙が出そうになった。なにしろ彼の親友はまだ踊っていた…。

♪灼熱に燃える季節が好き
二度と帰らない夏
遠い遠い国 近い近い人
月の海遊び 星の砂泳ぐ
過ぎてゆく時間 過ぎてゆく季節
踊ろうヘミング 歌おうヴェナビスタ

 
…歌までつけだしたあたりが憎らしい。
 
「…よし!!フィリッポ、でかした!!早く来い!!」
「今渡すぜ!!」
 
渡す…?
何やら不安にさせるセリフとともにフィリッポは重たい消火器を高く掲げる。
 
「は!?いや、ちょっと待て、お前こっちに来……」
「オリャァァアア!!!」
 
「てめー!!!(泣)」
 
ロックウェルの制止の声もむなしく、消火器はフィリッポの手から離れ宙を舞った。…しかも勢いの割りに彼は非力だったらしく、こちらまで届きそうにない。
 
「だぁぁああッ!!!」
 
消火器が地面に触れるか触れないか、寸でのところでロックウェルは素晴らしいスライディングで消火器をキャッチした。端からみるとかなりマヌケな姿である。
 
「おぉ!!ナイスキャッチだぜ☆」
「てめー覚えてろよッ(泣)」
「ロックウェル、早く早く!!」
 
いつのまにやら教室の端の安全なところに避難していたフレデリックが急かした。手伝う気はないらしい。
 
「うぅ…もう嫌だ(涙)」
 
疲れはてた表情で黙々と鎮火作業を進める彼の後ろ姿は切なかった…。
 
 



「いや〜焦ったぜ!!しかし、あれだな。ロックウェル、お前ただのチャラヲかと思ってたが、意外にできるじゃねぇか!!」
 
この惨事を一人で処理し、燃え尽きたボクサーのように憔悴しきって椅子にもたれていたロックウェルにフィリッポが話しかけた。彼はといえば、消火器を発見してきたことを余程誇らしく思っているのかいやに爽やかな笑顔である。ロックウェルはもはや突っ込む気にもなれず、目線をあげることで返事の代わりとした。
 
「……だがな、それとこれとは話が別だ。パトリシアは渡さないんだぜ!!」
「………(えぇ〜…(汗))」

……フィリッポの執念深さには恐れ入る。空気読めよ、と叫びたいところだが、如何せん今のロックウェルにそんな気力はない。
ビシッと指を指すフィリッポの背後に、黒髪の彼女が顔を出した。
 
「!!…パトリシア…」
「もう、フィリッポったら、バカなんだから」
 
パトリシアはフィリッポの目をしっかりと見据え、言った。
 
「あんたは私の彼氏なんだから、もっと自信持ちなさいよ」
 
腰に手をあて、強い口調で言う彼女にフィリッポは一瞬怯んだようだ。さっきまでの勢いはどこへやら、俯き呟く彼の声は自信なさ気だ。
 
「でも…お前はやっぱりロックウェルみたいにかっこいいやつの方が…」
 
悔しそうに眉を潜めるフィリッポに、パトリシアはひとつため息をつくと、その頭を優しく撫でた。
 
「バカね。あんたのいいところは、私が一番よく知ってるわ」 
「パトリシア…俺は…」



…………。


「……(なんなんだこの状況は(汗))」



燃え尽きて木炭となった調理台の横で愛を確かめ合うバカップルが一組。
もとはといえば、フィリッポの根拠のない嫉妬心の所為でこんなことになったというのに、彼らは彼らで勝手に解決したらしい。

……このバカップルのおかげで散々な調理実習となり、しかも面倒ごとを全て自分に回されたロックウェルは、金輪際彼らには一切近づかないようにしようと決意するのだが、今回の件でロックウェルを正当なライバルと認めたらしいフィリッポは今後も何かにつけて絡んでくるのであった……。